・僕ノ夢日記・

  伍 - 僕の口遊日記 -

 ドリルの音が響く。ライトが男の口の中を照らし、患部をガリガリと削っていく。患部は神経近くにあったので麻酔を打たれ、痛みを感じることはなく、ボーっと天井を眺めていた。
 今日の治療は一時凌ぎだった。男に時間が無かったのと、待ち時間が長過ぎて予定が大幅にズレてしまったことがその原因である。
 ボヤっと、視界に靄がかかる。男は顔に痛みにも似た感覚に襲われた。過去と、未来妄想を思いながら。

 教科書を開いて自分のフワフワ浮いた気持ちと向き合ってみる。
 昔っから惚れっぽいところがある。だけど告白したことも無ければされたこともない。惚れっぽい理由も分かっている。それは基本的に他者との接触を拒むため、人の優しさに触れた瞬間オちてしまうのだ。
「ココどうすればいいの?」
「えーっと……あーココのやり方はExcelと同じだよ。ワークシートを開いてセルをクリック」今週からパソコンの授業でアクセスが始まった。戸惑う人が多い中、僕と隣の女子は順調だ。2002ではあるが、僕がアクセスのMOS上級を持っているので授業を受けるまでもないからだ。中学の時にMOSの存在を知ってワードとエクセルのを獲得したが、必要無いと思っていたパワーポイントとアクセスのも獲得すれば『マイクロソフトオフィスマスター』になる事が分かり、なんだか格好良くて取ってしまったのだ。テキスト代と試験代だけで小遣いが全て飛んでしまったが。
「あー分かんない。目痛い。エクセルと同じだったらこんなの学ばなくていいじゃない」
「フラットなデータ構築だったらね。アクセスはデータを論理的に分類したい時に使うの。数学のxやyにzが入ったみたいな。まぁ違うんだけど」
「う〜ん……そう言われてもパソコンってだけでお手上げなのに」
 今回の課題は開始一〇分で終わった。後は隣の女子の個人講師をしている。パソコンの授業ではだいたいこんな感じだ。他の生徒も出来る人は席を立って教えまわっている。僕はというと、上海で遊んでいる。同じ牌を消していくやつだ。苦手なのだがやめられない。
「どうやって出来るようになったの?」勿論上海ではない。
「……どうやってって……まぁ勉強もそうだけど、好きになったからだね」
「なんたらマスター欲しくてってやつ?」
「オフィスソフトに関してはね。パソコンいじってるのも嫌いじゃないし、そもそも家電なんかも入れて機械いじってるのが好きなの。だからすぐに身に付くんだろうね」
「う〜〜ん……」納得がいかない様子。説得しているわけじゃないから構わないけど。ちょっとだけ『苦手って思いこんでるのもダメだよ』とか言いそうになったが、そう言っている自分を思い浮かべて鬱陶しかったのでスンでのところで止めた。
 午前の授業も終わり、お昼を買いに学食へ。日替わりのAを頼む。学食へ来る時はいつも一人。だから購買部で済ますことが多いのだが、たまにこうしてしまう。そして友人がいないことがこういうところで心をナイフで掻き回される。傷付けられながら裂きはしない、生殺しの状態にいるため何を食べても味がしない。だからいつも日替わりA。安くてそれなりのボリュームのそれでいい。
 こういうのは慣れないものだ。受け入れない限りは。
 十回に一回期待する。明確にどういうものを、というわけではないが何かを期待している。単純に声をかけられる事なのか、それより先の事なのか……そんな風に期待してしまうから、精神衛生上良くないこんな場所にわざわざ足を運んでしまうのだ。
 そんな環境なのだ。食べ終わればとっとと学食から出ていく。後は図書館に入り浸るか……それか……あー……これといった選択肢が思いつかない。せめてこの時間にも部活があったら、吐き気を催さずに済んだのに。
 教室に戻っても憂うつだ。何もすることがないし、すでに僕の席は誰かに占領されている。とても「ココは僕の席だと思ったんだけど?」とか言えないだろ。お嬢がいてくれたら何かしら命令してくれるから時間を消費出来るけどいないし、取り巻きも今日は僕に興味のない様子。こんな時、ほんと何をすればいいのか分からない。とりあえず図書館で過ごすことにした。
 図書館と言っても、結局は学校の図書館。そんなに広くないし置いているジャンルも限られている。文学作品も多くなくて、夢野久作が置いていないのにはびっくりした。ドグラ・マグラしか読んでないので他も読みたいのだが、お嬢に言えば置いてもらえるのかな? まぁそこまでして読みたいわけじゃないんだけど。
 つーっと本棚に指を這わせる。指が引っ掛かった場所を見ると、そこには参考書の類が置かれていた。
 ふと図書館内をぐるっと見る。あまり人がいない。いるのは眼鏡をかけてボブカットの黒髪女子が一人テーブルで参考書やらなにやらをノートに取っているのと、本を探しているようだが特にジャンルを絞っていないのか僕と同じでウロウロしながら探している、明るめのウェーブがかった茶髪が二の腕まである女子。とりあえず僕は雑誌コーナーに行ってモノ情報誌の「mono magazine」と女性雑誌である「FIGARO」を手に取った。後者は、男の僕が観ても面白い雑誌なのと、こういうのでお嬢のファッションなどの知識を得ているのだ。
 広くないので座れる場所も多くない。勉強するわけでもないのに一人テーブルを使うのはアレなので大テーブルに座る。それでもさっき挙げた二人以外誰もいないのでゆったりと使える。
 何も考えずページをめくる。大したことは頭に入ってこない。あのメーカーのスーツは継ぎ接ぎだらけだとかこのケイタイをなぜ今更個人向けで発売するのかとか僕にとってどうでもいいことが掲載されている。まずこのメーカーでスーツが扱われていることすら知らなかったし、知っていても此処のは全体的に安い代わりに仕上げが悪い、素材も粗悪なのであまり手を出さない。ケイタイもこんなのがあったことすら知らない。でもこういうどうでもいい情報ならどんどんと頭に入ってきていた。
 ふと気配を感じて視線を正面に向ける。そこには先程ウロウロしていた茶髪の女子が向かいの席に座りこっちを見ており、視線が合っても外そうとしなかった。
「……何か用ですか?」
「ん? あ、いやさ、あんたってあの女の下僕だよな?」あの女? お嬢の事か? 下僕のつもりはないのだが……。
「まぁそんなものですね」
「ふうぅん」彼女は肘を付いて左手親指の腹を八重歯で噛み、右手では僕が持ってきたFIGAROのページを捲っている。覗かせる歯は白過ぎることから差し歯かもしれない。結構いい差し歯なのではなかろうか。とりあえず繋がっている歯ではない。まぁそんなことはともかく……。
「……何でしょうか?」
「あ?」
「用はそれだけですか?」
「あ?」
「……」ああ、僕は今カラまれてるのか。そうか。相手にしないでおこう。だけどあっちからはカラんでくる。
「あの女が下僕に選ぶぐらいだからどんなイケメンかと思って見に来たんだよ。なるほどなぁ、あんたみたいなのなら遺伝子残してもいいって思うね」
「はい?」
「だって思わない? 折角自分の遺伝子残すんなら不細工より美人を残したいだろ?」そういうことか。で、僕はその遺伝子争いに勝っているわけだ。
「光栄なことで。用が無いのなら会話は控えておきましょう。此処は……」
「あぁん、野暮なこと言うんじゃねぇよ。メンドくさい奴だな」
「……」彼女の特徴は、目が大きいところだろうか。パーツがハッキリしている。化粧ノリがさぞ良いのだろう。今でもそんなに濃いメイクではないがナチュラルでもパァっと華やぐ気がする。雑誌を置いて目を合わせられたらドキッ、というかビクッとする。
「今私は途轍もなく暇なんだ。この図書館の本も読みつくした。ホントだ。時間を潰せるモノがもう無ぇんだ」
「……」少し引く。
「まぁそこはたかだか一時間弱だ。ボーっとしてりゃあすぐに次の時間になる。しかーし。寂しいじゃあないか、ただ無意味に過ごすなんざぁ。花の女子高生だ、何かそれらしいことしたいモンじゃないの」
「……ただ無意味に過ごすのも悪くないと思いますが」
「違う違う、私がやりてぇのは行動することだ。無意味に過ごして悟りでも啓けってか? いらんいらん、そんなのは中学で終わった。私がやりたいのは人間らしいことだ。だからアドレスを教えてくれ」
「……ケイタイは持ってますがメール機能が付いていません。番号で良ければ……」
「あー電話で話すの苦手なんだよ。顔合わせて話すのはいいんだけど。ていうかどんなケイタイ使ってんだよ? 今時そっちの方が珍しいだろ」
 彼女は僕の言葉を食い気味に話す。別に不快なわけではないが、今迄親しくしてこなかったタイプだ。まぁ僕の交友範囲が狭いだけで、こういうタイプは多く存在するだろう。
「んじゃ今からどっか行かね? いやー今喉の調子がスコブル良いんだよね。今なら戸川純完コピ出来るかもしんね」喉に手を当て確認するような動作。顔まで作っている。ちょっと卑屈な目付きに。彼女は口が達者なだけでなく動きも大げさだ。でもその仕草、この間買ったマンガで見た気がした。
「……授業はともかく、部活があるんですけど」
「あ? 男子が出来る部活なんてあったっけ?」
「……和琴楽部です」
「あー、あの女のとこかよ。そんなとこまで下僕なんだな。ていうか楽器弾けんの?」
「お琴を三歳からやっていました。中学まで」
「ふへーえ。良いじゃん別に。明日倍頑張れば」
「……」あぁ、他人事だもんね。
「昼間は半時間五円なんだよ。そのカラオケ店。バカじゃね? 何処で利益出してんだって。まぁ基本平日昼間は客来ないからな。一円であっても……何だっけ? 機会費用ってンだっけ? それを考えたら利益出てるんだろうな」
「……いいですか?」
「何が?」
「確か、昼休みを有意義に過ごすのが目的でしたよね? それも女子高生らしく」
「あー……いいじゃねぇか。枠に囚われんなって。口答えすんなって」
 じゃあ僕が誘いを断る権利が無くなってしまうじゃないか。
「いやー、ヤな世の中になった無ぇ」
「……」急に何だ?
「昔はさ、金なんてちょちょいと稼げたもんよ。テレクラや出会い系で誘い出して飯食ってトンズラ。金もらってトンズラさ。中学ン時の制服が人気あったから余計に食いつきよくてねぇ。いくらだったかなぁ合計で。家買えんじゃね? まぁ冗談冗談」
「……行くにしても、部活を休むことを報告させてください」
「別にいいんじゃね? ココ来る前にあの女に『下僕ちゃん借りてくぜ』って言ったら『ご随意に』だってさ。可愛くっ。だからいいだろ」
「……一応報告させて下さい」
「何だよ固ぇなぁ。でもそんなところステキ」
 電話をかけようと席を立つ。疑われるかと思い「逃げませんので」と言って図書館を出た。「疑ってねーよ」と言われたが、はたして。
「都々木です。今お時間よろしいでしょうか?」
『何用?』
「あの、今日の部活動なんですが……」
するんでしょう? いってらっしゃい』まだ覚えてたのかそんな事。
 しかし意外なほど軽い返事だった。勿論それで終わるとは思っていなかったが。
「良いのですか?」
『都々木がそれだけお琴の自信があるということでしょう? 良いのではなくて?』
「……ぜ、わ、そ、がんばります……」まず『善処します』と言いそうになり、次に『わかりました』と言いそうになり、『そうですね』と言いそうになった結果がこれだ。そしてこっちがそれを告げ終わるのが早いかブチッと切られた。それなりに頭にきているようだ。
「話は付いたかい?」図書館に戻ると彼女はケイタイを弄っていた。図書館に来てまでケイタイを弄るとは、本当にこの人は暇らしい。僕が戻ってきてもまだディスプレイを眺めている。
「うわー、私野菜ジュース飲むのやめようかな。以外に糖分多いんだって」
「……」
「おいおい童貞くんは寿命が八年短くなるらしいぜ。キスすりゃ寿命延びるんだってよ」
「……」だったら僕は早死にですかね。
「なんか言えって。私は独り言言ってるつもりは無ぇんだぞ」
「有意義な時間が作りたいのなら、無駄に時間を過ごさないようにしましょう」
「あんだ? これが無駄だっつうの? 無駄だけどね。んじゃ行こ行こ」
 僕は彼女と共に学園を後にした。制服で行動するのは気が引けるが、彼女は気にせずそのまま目的のカラオケ店へ向かった。こんな時間だから殆ど客はいないだろうと思っていたが、そんなこともなかった。似たような理由の同世代や、お年寄りが多いのだ。
「機種何がいい?」
「選んでもらって結構です。UGA以外なら」
「やっぱそうだよな」JOYになった。意外だったが、わざわざ言葉に出すほどではない。そしてパーティサイズのポテトフライを頼んだようだ。
 ドリンクはセルフなので彼女の分も持っていく。彼女は早速メンバーログインし、曲を探していた。
「下僕ちゃんもアカアカウント持ってる?」
「呼び名は『ツヅキ』でお願いします。一応持ってます」
「先歌うかい?」
「ポテトが来てからでいいです」
「何だよ、気まずさを味わうのは私かよ。こういう時の言葉って無いのかな?」
「はい?」
「気まずさの専門用語みたいなやつとか、単位とか」
「単位って……『違和感』の単位は『スクーター』みたいな?」
「ンだよ知ってんのかよ。あのシリーズの中に『気まずさ』って無かったっけ?」
 などと言っている間にポテトが到着。以前此処の系列の店で注文した時は三〇分ぐらいかかっていたが、今回はすぐだった。
「じゃあ歌えよ。その面で歌が上手かったらワタクチホレチマイマスヨ」両頬に手を当て、照れているような仕草。恐らく彼女は、自分で知らず知らずのうちにウソで塗り固めた人生を送っているのだろう。そんな気がした。そんな気がしただけ。多分、いや絶対違う。
「どんなの歌うの?」
「……それ訊きますか?」
「どうせ歌うんだからいいじゃん」
「……よ、洋楽とか……」
「なんじゃい、イメージ通りじゃねぇか、ツマンネ。まぁキャピルンなアニソンよりはマシだけど」キャピルン? どこぞのサークルじゃあるまいし。とりあえず一曲入れる。すると少し間があって激しいギターのイントロが流れ、それを聴いた彼女は笑った。
「SOADかよ。マジかよ。それはイメージに無かったわ。だったらDAMの方が良かったな」
 僕が歌っている間、彼女は時折笑う。それは嘲笑ではなく、楽しくて笑っているようなそんな笑い。腹抱えて笑うようなものじゃなくて、クスッというぐらいだ。彼女は素早く次の曲を選択し、僕の歌う姿を終わるまで見ていた。
「歌い慣れてるねぇ、その後歌いにくいよ」続けて入っていたのは平沢進と戸川純のデュエットだが、彼女が自分のマイクを持つと、僕がさっきまで使っていたマイクを指した。
「平沢パートを」
「いや、歌えますけども。いきなりですか? 早速ですか? しかも僕のパートが殆どじゃないですか」
「いいじゃねぇか。あたしはあんたの歌が聴きたいんだよ」ストレートにそう言われると、キュンと来た。
 その後もそんな感じに、彼女は笑顔を絶やさず時間は過ぎる。彼女は僕が考えていたよりムードメーカーなのだろう。最初は無愛想な印象があったけど、それは単純に僕の経験不足だ。彼女がどうとかじゃなかった。
 利用時間は三時間。店の決まりでチェックイン時は三時間までしか入れられないが、それ以上利用する場合、混んでいなければ延長出来る。それを意識し出したのは二時間経ったころ、僕が歌い終わり、次の曲が入っていなかった頃。別に決めていなかったが予約曲はほぼ交互に入れていたため次は彼女かと思っていたが、専用リモコンを持っていなければ歌本も持っていない。ジュースを最後まで啜り、テーブルに置くと背伸びをした。
「入れてきますけど、何がいいですか?」
「んー、あー、フローズン。メロン」
 僕のと彼女のコップを持って、ドリンクバーへ向かった。彼女には望みのモノを、僕はコーラを。戻ると、彼女はローファーを脱いでソファに横になっていた。
「んー。どうもどうも」テーブルに彼女の分を置き、僕のは一口飲んでから置いた。
「こっち座って」言われた瞬間ドキッとした。それは単に近くに座る事に対してだが、彼女は上半身を起こして頭があったところをポンポンと叩いて僕を導く。そこに僕が座ると、彼女は僕ので膝枕をした。僕は動悸が激しくなる。
「……普通逆じゃないですか?」自分を誤魔化す様にそう言うと、彼女は不満そうに身体を起こし、体勢を変えて僕の膝に足を置いてきた。その時ちらっとスカートの中が見えたがパンツは見えなかった。これはこれで、悪くない。「そっちかよ」と思う前に、僕の脳は下半身に移った。
「僕ので良ければ上着使いますか?」これまた誤魔化す様に気遣うが、言ってから的外れだと気付く。
「……突っ込めって。寂しいだろ。あんたってこういうのは平気なの?」
「そう思ってこうしたんじゃないんですか?」
「悪いね、思いつきで行動して。私は考える前に手が出るんだよ」足じゃないか。
「……何か期待してる?」
「……いいえ」嘘だ。色々期待している。だからそろそろ何かが反応しそう……いや、しているんだ。
「な。あたしはこのままホテルに言っても良いんだぜ?」身体が凍りついた。
「なんなら此処でも。あんたの貞操観念次第」表情に出してはいないと思うが、頭の中は処理能力が著しく低下している。色んなものを処理しようとマルチタスクになった所為だ。全てのウィンドウを閉じてからシャットダウンしようとしても、強制終了を余儀なくされるぐらい混乱している。
「……」何も言葉が思いつかない。此処はどう言えば正解なんだ? 『じゃあ此処でシましょう』でいいのか? それとも『イヤイヤ、御冗談を』と断るのか? それはダメだ、彼女のプライドを傷付ける。だったら……と、答えが出る前に彼女が切りだした。
「ハッハ、お前面白いな。あの女じゃなくてあたしの下僕になれよ。あたしでしか味わえないモノもあるんじゃないか?」
「……何故?」
「?」
「……いえ……僕は、貴女の様な人は、どちらかといえば、好きです。正直言って、出来るのなら、シたいですよ……でも……」
「ぬはは、良いねぇ、初々しいよ。あたしゃあそれだけで十分だい。ちょいと眠らせてくれ。まとめサイト巡回してたら寝る時間無くなったんだ」
「……えぇ」僕は上着を彼女にかける。彼女はそれで顔も覆い隠し、静かになった。
 頭で無く足とはいえ、上に置かれているので動けなくなった。トイレに行きたいわけではないが、動けないとなるとウズウズする。とりあえずスピーカーのボリュームはリモコンで最小まで下げる。
 目線を下に向ければ彼女のおみ足が。学校指定の靴下があって、その上には、綺麗で女性を感じさせる程度の肉付きをした脚があり、無造作に寝転がったことで中途半端に肌を隠したスカート。それより上は僕の上着で隠れているが、その全てが僕の感覚を刺激する。下半身に対しては言うまでも無いが、上着で覆って何も見えないところでさえそうだ。今日、数時間前に初めて出会った相手だというのに、僕の上着で、それも顔まで覆っている。僕のにおいの付いたそれは、他者からすれば嫌かもしれないのに、彼女は嫌がらずにそうしている。これまで見た彼女の性格上、嫌なら嫌と言うだろうから、僕の匂いは嫌では無いのだろう。僕はそれで邪な想像を膨らみ掻き立て、物理的にも膨らんでくる。しかもそれは彼女の足に当たっている。僕の下半身はウズウズからモゾモゾにジョブチェンジする。
 まぁなんだ、アイーダ第二幕で勃つような中学生下半身だからな。この刺激は強過ぎる。もうちょっと想像力を働かせてしまうとすぐにどうにかなってしまいそうだ。なんだったらどうにかなった方が楽なんじゃないか? とも考えてしまう。幸いにそれの為の材料ならばっちりある。スカートを捲るなり、脚を視姦するなり、なんだったらこの靴下でも文句は無い。目の前に女性がいると言うだけで、それだけでいいのだ。しかもそれに触れている。十分だ。僕の思考はあらぬ方向へ向かっている。僕はばっちり彼女を即物的な目で見ていた。さっきの言葉を言われたら二つ返事で彼女を襲っているかもしれない。しかし何故かそれを考えて少し萎えた。
「なぁ」
「っ……はい?」びっくりした。
「寒い」何も言わずエアコンを切る。そういうことじゃないことぐらい頭では分かっているが、身体が言う事を聞かない。
 分かっている。そもそもこの状況自体おかしいじゃないか。いくら寝不足と言え、初めて会った相手と二人っきりの中、目の前で布越しとはいえ肌をくっ付けて寝るわけが無い。さっきの言葉がより現実味を増してくる。僕はどうするべき? 本当に此処で彼女と? いや、まぁ、なんだ、羞恥心さえ無ければ喜んで、なのだけど。彼女はそういうのは無いのだろうか?
「……」
 僕はヌラッと彼女の脚に左手を伸ばす。触れるか触れないか……いや触れてるんだけど皮膚が形を変えないぐらいフェザーなタッチ。その力加減を変えずにツツツと脹脛、膝、太腿へと登っていく。彼女は僕の行為を制止すること無く、そのままの姿勢でたまにピクッと小さく反応する。初めて女性のそんな反応を見たものだから、なんだか面白くてたまに変化を付けつつ感触のよい彼女の足を楽しんでいた。
 触った時は彼女も緊張してか力が入っていたが、今は力も抜けて汗ばんできている。僕はどうしようかと彼女の右内太股で円を描きつつ考え、好奇心で少しずつスカートをめくりあげていく。
「……?」すると思い描いていた絵とは違う現実が視界に飛び込んできた。彼女はその下を穿いていなかったのだ。そしてもう一つ違和感。だけど初めてそれを見た僕には何か分からず、そもそも決定的に違うものがあるんだから大したことじゃないだろうとその意識は無視することにした。
 上半身は隠れているのに、スカートを捲って何も身につけていない(靴下有)はどうも滑稽に思えた(巾着プレイに見えた)のでスカートの位置を直し、覗き込むようにしてその位置に手を伸ばした。飽く迄もソフトタッチに。
 ……柔らかい……いや、まぁ、脚も触ってて気持ちよかったんだけど……うん。
 スカートを捲っていないので、触っていてもドコがナニというのは分からない。表現としてよくある突起物も分からない。大まかな位置は分かるが、いやいやそんな問題ではない。感触に滑り気が混ざり始めたのが分かると、自然と深く指を沈める。その辺りから彼女の反応が顕著になってくる。僕の上着の下でモゾモゾと蠢いて、声にはならずとも息遣いにイレギュラーが出始める。
 ソレから手を離し、指で滑り気を楽しみ、思わずその匂いを嗅いだ。だからどうってわけじゃないのだが。
 再び彼女に手を伸ばす。そして深く、深くにゆっくりと沈みこませる。その深さに比例して彼女の身体は強張っていく。調子に乗って僕は少しざらざらとする上壁を擦るように指を動かす。相手がどう思っているか分からないが、過敏なまでに反応するものがあるのは明らかだ。僕はより強く刺激を与えようとそのを速め、動きにも変化を与える。彼女は声を上げて僕の行動に不純な自信を付け始める。もっと調子に乗ってもっとスピードを上げ、しかし手を休める為に緩急を付けつつ彼女の感情を揺さぶっていく。
「ちょちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待って!」彼女は被っていた僕の上着を払いのけ、ガバッと上半身を起こす。その顔は真っ赤で、目はグリッと見開いている。その瞬間僕は指を引き抜き、先程のように指でソレを楽しむ。
「テメェ経験あったのかよ! ナンだよ今の?! フザケンナよ!」彼女はソファの端まで後ずさり、スカートを抑えて、長い髪を振り乱し少し涙目だ。乱れた髪は少し怖いが、奥の涙目顔はなんだか可愛らしく思ってしまう。
「いえ、一度も経験無いです」本当だ。
「ウソつけ! どっちでもいいけどあたしは童貞趣味のババアじゃねぇよ! ウソついて何の得があんだよ!」こればっかりは本当なので仕様が無い。
「ふーううぅ……なんか……怖い? 違う気がするけどそんな気がして思わず止めてしまった。ナンだ? あの女はこんなこともやらせてるのか?」
「ヤプーじゃあるまいし、しませんよ」
「ホントかよ? じゃあ……」
   ピロロロロロ ピロロロロロ
 室内の電話が鳴る。多分後一〇分の知らせかと思って出たらそうだった。延長はしない。
「はぁ……じゃあ最後一曲何か歌ってくれ」さっき言いかけていた『じゃあ』とは種類が違う気はするが、放っておこう。あんな後なので、特に関連性も無いが選曲はBUCK-TICKのROMANCEにした。歌っている途中、スカートの中の違和感の正体に気が付いた。彼女は綺麗に剃っていたのだ。


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