・僕ノ夢日記・

  陸 - 僕の所思日記 -

 虫が飛んでいる。それは偽物なのを知っている。
 男が笑っている。それは偽りなのを知っている。
 誰かが助けを呼んでいる。それは幻聴なのを知っている。
 馬車が走っている。それは"女"なのを知っている。
 女が男に怒鳴っている。それはレトリックなのを理解している。
 男は日課の薬を飲むと歯を食いしばる。酷い寒さに襲われベッドに潜り込む。頭の中では人形に向かって射精して、人妻の身体を嗜んでいた。次第に電気鴉の飴細工をアルミホイルで覆い、轟々と燃えている変態王妃の子宮からボウリング球を取り出して、夢の洗濯板を放り投げ、裸で目隠しをした少女の耳を花梨酒にするのだった。自分の肛門にBB弾(0.25g弾3000発定価1000円)を大量に詰めながら。

 バイトが無いのでカラオケ店から直帰する訳だが、一人ではない。「あのまま一人で帰れるかよ」と言って例の彼女が一緒だ。どうやら僕の部屋に上がり込む気らしい。自分の部屋に女性を連れ込むなんて初めて……あぁ、『連れ込まれてた』を含めると初めてではないか。お嬢も小姑のようにチェックしに入った事がある。
「此処? あたしんとこの寮とはまた違うんだな」僕が住む寮を目の前にしての彼女の感想。僕も他の寮を見たことは無いが……。
 そして中へ入る。「うげっ、あたしの周りの誰よりも綺麗っ」と言ってすぐ近くのユニットバスを覗く。「うひゃー」という声を横目に、僕は上着を玄関すぐのいつもかけているハンガーにかけ、キッチンで手を洗ってから食器棚よりティーセットを取り出す。
「飲み物何がいいですか?」
「え? 何あんの?」嬉しそうな顔をしてキッチンに飛んできた。一応お客なのだからこういう場所には入ってほしくないが、今更気にしない。
「色々ありますが、何が好きですか?」
「オススメはナンですかな?」言いながら彼女は部屋を見渡す。初めて入った他人の部屋は、居心地の悪さもあって目移りするものだ。
「あー、この間珈琲豆を買ってきたのでそれと、一度も切らした事が無い僕のお気に入りの紅茶ですね。嫌いじゃ無ければウィスキーを香り付けに」
「あ、お酒あるんならそれ。酔えたらなんでもいい。あたしウィスキー飲んだ事無ぇんだよ」
「じゃあ割って飲みますか? 炭酸水ありますし。慣れずに飲んだら喉
「ペリエ無ぇ?」
「ありますよ。ライムだけですけど」
「あンのかよ。隙ねぇな。店開けんじゃねぇの? インテリアも普通じゃねぇし」
「でもペリエは割るのには合いませんよ。僕の好みですけど。普通の炭酸水もあるんで、そっちでいいですか?」
「いいよいいよなんでも」
 炭酸水と言っても、あれだ、スーパーのプライベートブランド商品だ。そこで扱ってるメーカーモノの炭酸水は瓶だから処理に困るんだ。これだとペットボトルなのでその辺楽。
 ハイボール用のカップ(おまけで付いてた)を二つ取り出して、常に二個はハイボール用に丸い氷を作っているのでそれを放り込んでからウィスキーを目分量で割る。そうしてる間、彼女は僕の部屋を徘徊し、本棚の上に並べた靴を見ていた。
「ずいぶん綺麗にしてんだな。靴好きなの?」
「えぇ。それだけでも立派だと、何着てても格好良く見えますしね」
「なんかこのブーツでっかい傷ついてるけど」あのジョニーブーツの事だ。
「この間お嬢様にやられまして」
「ナニ? あいつとダンスでも踊って思い切りやられたとか?」嬉しそうに訊いてくる。お嬢の事そんなに嫌いなのか?
「いえいえ、ちょっと僕が粗相をして思い切り踵を入れられたんですよ。それとダンスなんてしませんよ」彼女はお嬢に大してどんなイメージを持ってるんだ?
「このブーツ……イヴ・サンローラン? へー、良いの持ってんね。あ、このマドラスってやつならあたしも持ってるよ。フォーマル用だけど。そうかぁ、紐変えたりするだけでこんだけ可愛くなんだなぁ」彼女の凄いところは人を褒めることが出来るところだ。それも嫌みなく、天真爛漫な感じで。お嬢を嫌な風に言うが、それは彼女と考え方や価値観の食い違いから来るものだろう。何もただ僻みなどの悪口ではない。とおもうよ。
「出来ましたよ」最後にマドラーで味を整えてから彼女のいるリビングへ持っていく。「ありがと」と言う時の顔に少し……とした。
「あ、うまいねぇこれ。ウィスキーはまりそう」言いつつベッドに座る。ちゃんとテーブルは開けているのだが、まぁ誰の家に行っても座る場所がベッドの人は一定数いる気はする。彼女はその一人か。
「あー……普段飲み会とかでも詳しくないからカクテルをメニューの上から順番に頼むんだよ。だからこういうの飲んだ事無いのよ。いいねぇこれ。いい」すでに酔っているかのように、声量がさっきより大きくなっている。カップを床に置くと笑いながら制服の上着を脱いでいく。そしてググッと飲み干した。
「もう一杯頂〜戴」まだ僕は口も付けてないというのに。
「よかったらこれ飲みますか? まだ一口も飲んでないので」
「ん? 飲まんの? 一人で酔うなんて寂しいじゃん、あんたも飲もうぜ」
「僕はロックの方が好きなんで。どうぞ」渡すと彼女は満面の笑顔で受け取った。正直、まだ飲む気になれない。外が明るいと、味は美味しいのだが、何故だか不安になって素直に酔えないのだ。
「ん? なんだよやっぱりお前経験あるんじゃねぇかよ」
「……?」彼女はその場で鼻をヒクヒクさせる。
「同年代じゃねぇなこの匂い。年上か?」ドキッとしたが、どんな匂いかは分かったので冷静を装うことにした。何せ、『女教師が連れ込まれていた』なんて、どう言ったら誤解の無いように伝えることが出来ようか。
「これの匂いですか?」そう言ってクローゼット近くの棚から小さな銀色の箱を手に取り、彼女に渡す。
「あ? あんたの香水? 若いのに落ち着いた匂いの付けてんね」
「えぇ、匂いがついたまま寝ちゃった時がありましたんでね、その時についちゃったのかも知れません」
「……いや、これは女だ。あんたの服に無かった匂いがする」なんて鋭い。だからって教師が此処で寝ていたなんて言えないだろ。
 彼女はまた一気に飲み干すと、カップを僕に渡してベッドに横になった。それはまるでその嶋原女史の匂いを自分の匂いで掻き消そうとするように見えた。そんなのはただの妄想だろうが。
「なぁ、この部屋の壁は薄いのか?」
「……隣から雑音を訊いた事無いので、厚いと思います」
「そうか」
 ……あぁそうか。今迄僕に経験も無く、交友関係も極薄な理由が分かった気がする。それは面倒くさいのだ。他者と関わるための経緯が億劫なのだ。彼女を作るのだって、相手に僕と付き会ってもいいと思わせなければいけない。友人を作るのも、一緒にいて楽しくなければいけない。そうでないのなら知り合いか顔見知りで十分だ。面倒くさい。だから今、彼女の求めているモノまでの経緯を気だるく思う自分がいる。経緯のその先には大いに興味がある。しかし、そこまでが……。
 カップをテーブルに置くと僕はゆっくりとベッドに近付き、座る。半分背を向けてはいるが、視線は彼女に向けている。しかしまだ彼女には触れていない。
「野暮なこと訊いていいですか?」
「ダメ」即答だった。まぁそれを遮ってまで訊きたい事じゃないし、そもそも時間稼ぎに訊いただけ。何を訊きたかったのか僕も分からない。
 彼女は身体を起こし、顔を近付け目をギロッと合わせる。僕は思わず目を逸らしてしまった。お腹が痛い。
「知ってるか? 男性は嘘を付くときに目を逸らして、女性は嘘を付くときに目を合わせんだってさ。勿論慣れなくて目を逸らすって場合もある。目をそれ一点に集中するのは他の作業が出来なくなるもんな。コンビニ店員がいい例だ。客の目なんて見ないだろ? 男女問わず」
「何が言いたいんですか?」顔を離し、完全に背を向ける。しかし僕の左肩に顎を乗せ、続ける。
「……最初は全てを知りたくて本を読み漁ったんだ。ずっとずっと、小学校に上がった時から読み続けてた。絵本であっても、かいけつゾロリであっても、八犬伝であっても、挿絵さえ無いヤツでも、ガキながらに読み漁ったよ。だけどなぁ、なんだろなぁ、オレの時間返せ!! って……誰に叫べばいいんだろうな? あの学園に上がってからも習慣になってて全部読んだけど、いらんよそんな努力。知識なんてあっても無駄無駄。何が大切ってな、経験だ。分かり切った事だろ?」たんたんタンと、彼女は喋る。まぁたまに、こうやって自分の経験から導き出した理論を語りたくなるときはある。
「私は経験が欲しい」僕は彼女に分からないように深呼吸をすると、彼女の方へ振り向く。彼女は僕の肩に顎を乗っけている。だから文字通り二人は目と鼻の先。何かの弾みで身体が動いてしまえば唇が届いてしまう、そんな距離。
「……」此処まで来て僕は何を考えているのだろうか。自分でも理解出来ないモノを考え、時間を稼いでいる。しかしそんなもの時間稼ぎにならなければ、時間稼ぎをする実のある理由も無い。だからどちらからともなく、唇の距離を詰めていた。そして次の瞬間には僕が彼女を押し倒して激しく唇を貪っていた。どうやら記憶が飛んだらしい。その経緯を覚えていない。
「んぁん……ウソつき……」何の事だか。
 そのまま、右手を彼女に胸に当て、形を確かめるように触れてからブラウスのボタンを外していく。本来男女問わずネクタイをしているのだが、彼女は最初からしていなかった。
「今回はもう、途中で止めないぜ」挑発された気になった。だから僕は、ブラウスはそのままにしてすぐさま下半身へ手を回した。だからって焦っていきなり目的地へ行かない。あまりがっついていると思われるのも癪だ。さっきのように感触を確かめる。さっきと違うのは、すでに滑っているということだ。
「訊いていいですか?」言いながらも手は止めない。
「……いや……」強く否定しなくなった。此処で下手に訊くとあちらの熱が冷めそうだが、訊くことにした。
「何故僕を?」全く酷い質問だ。こんな時に。理由なんて有って無いようなもの。『お嬢の下僕だから』で十分だろ。
「……あんたが見えたからだよ……」じゃあ今のように一方的にされるのは予想していなかったのかな。
 もうがっつかれていると見られてもいい。何かで聞いた知識を動員し、人さし指と中指で中を探り、十分に濡れた所で彼女の腹を押さえながら掻きまわしていく。これまた彼女の予想外だったらしく驚き困った顔をするが、僕がその顔を見て頬を引き攣らせると彼女は反論せず、僕の行為を受け入れた。そして僕は掻きまわす動きを速め、彼女の脳をも揺らす。彼女は声をさほどあげることは無かったが、何かに耐えるように歯を食いしばり、目をギュッと閉じて身体を強張らせる。どうやら彼女は声を出すまいと押し殺している様子。余計に力が入る。彼女をどんどん追い込んでいく。すると観念したのかすこしずつ声を上げ始めた。そしてソレが限界に近付いた途端声が途切れて彼女は痙攣を始めた。ベッドのシーツを広く濡らして。
「…………ぁぁぁ……なんだよ……んん……」彼女から手を離し、彷徨った渦の中から開放する。何か言いたげだが、僕から目を逸らすと恍惚とした表情のまま口を閉ざしてしまった。僕も次をどうするべきか考えて、発する言葉を失ってしまった。そうしているうち、彼女はゆらりと置きあがった。
「……んしょ。ナニアレ? お腹押さえるの? いや、理由は分かるんだけどさ、何でそんなこと知ってるの?」なんで? こうだから知っている、という説明はちゃんと出来ないんだが……。
「いや〜なんだ、なんだろな、なんだろ。ラブホでバイトしてるヤツが言ってたんだけどさ。女のね。カップルで入ってくるじゃん、大体。そのチェックインの時、彼氏は雰囲気堂々としてるんだと。対して彼女は恥ずかしそうに俯いてる。だけどチェックアウトするとき今度は彼女が堂々としてて、彼氏が恥ずかしそうにしてるんだと。あんたのようなやつは例外かもしれんが、その話をしたヤツはその時、そこに男女の考え方や価値観を見て、付き合い方を変えたんだってさ。男は雄としてセックスをし、女は社会人としてセックスをする。そう思ったんだって。これは私の意見じゃないからな。それどういうことなのさ? って訊かれても答えれんよ」
「面白い意見ですね。僕はラブホテルに行ったことも無いですから例外かどうかは分からないですが、つまりは彼氏は最初、ただ性欲に任して行動していたから恥も外聞も無く堂々とチェックイン出来たけれど、それが満たされいざ冷静になってみたら、今ここでチェックアウトしてるってことは、ホテルの人間の彼/彼女に俺は彼女とセックスしましたと言っているようなもんだ、とでも思ったのでしょうか。僕はその時の女性の気持ちは分かりませんので違っていたら訂正していただきたいですが、片や彼女は彼氏に色々恥ずかしいモノを見られ、これ以上どんな恥ずかしいことがあろうか、と堂々としていたと言うところでしょうか。社会人として、というのも、セックス経験が直接実生活にも結び付く、という意味で言ったのでしょうか」
「結び付けて考えた事なんざないけどな。と言うより、元々分けて考えてないのさ。その友人は結婚しても働いていたい人間だから『社会人』っつう単語を使ったけど、専業主婦でいたいヤツだったら『世間的に』とか、違う言葉が出てくるだろうて。あれだ、『私と仕事とどっちが〜』って決まり文句がそのいい例だ。別に女も比べられるもんじゃないことぐらい分かっているが、それをわざわざ比べると言う発想は男みたいに分けているとやらない発想だろうな」
 彼女にはさっきまでの蕩けた表情は無く、カラオケ中盤ぐらいの顔に戻っている。もう彼女にはこれ以上続ける意思はないようだ。男のようにスッキリ(?)するのかどうか分からないが、彼女自身はもう十分らしい。
「なぁ、あんたはいいのか?」
「?」
「あたしを襲わなくて」
「……いや、まぁ、コンドームが無いので」
「え? んははははははは、ガキがそんなこと気にしやがって。まぁ大事なことだよな。うん」
「それと」
「んえ?」
「僕はオーラルセックスの方が好きです」
「だははは、お前本当に童貞かよ。経験したこと無いくせに比べんじゃねぇよ……な?」ドキッとした。彼女が急にさっきの恍惚とした表情になったからだ。そして意識的にか人さし指を自分の口角あたりに当て、
「して欲しい?」と、要望のオーラルセックスのお誘いだ。流石にこれには、血が逆流する思いがした。突き付けられた現実に理性が吹き飛ぶような気がした。飽く迄気がしただけ。そして二つ返事で「えぇ」と言うと、彼女はニンマリ笑って僕の太股に頭を乗せた。そしてそこから、僕の記憶の交錯が始まった。

「ね、ね、ね、ね、ね、ね。どう? どう? これ、古着で買ったんだけどさ」バイト中、重阪さんが自慢げに細かいタックで飾ったシャツと、お尻に模様が入れられたジーンズを見せてきた。僕が妙にファッションにこだわりがある事を知っているため、彼女はこうやってよく見せてくる。僕はこういうものにコメントやリアクションをするのが苦手なので毎回どういうか困る。
「ああ、可愛いですね。そのタックも綺麗で」しかもそれが似合ってないから困る。そのタックシャツは明らかにフォーマル用だが、崩して着るための材料が明らか足りない。というかそれが無い。だからただジーンズにフォーマルシャツを着ている、というだけだ。似合わないのは当り前だ。まぁ仕事で着る分には別にいいのだが、この人なら普段からこれで済ませていそうだ。
 仕事をしている間、何も考えないことが多い。ほぼ流れ作業になる。勿論ここのメニューは全て頭に入っていて、常連の顔と好みくらい知っている。だから余計何も考えずコンベアから流れてくるそれを仕分けしているような、そんな単純作業をしているように感じてしまう。そんなだから先日のことをこんな時に思い出して、位置が悪くなる。
 先日と言っても昨日の話だ。昨日の今日の話だ。今日登校する途中、彼女が待っていた。今思えばまるで付き会っているように周りからは見えたかもしれないが、彼女はどう思ってそうしたのか。クラスどころか学年が違うので昼休みぐらいしか会えないが、わざわざあっちからやってきた。
「都々木ー。行こうぜー。昼ー」彼女は教室の引き戸を躊躇い無く開き、そう言ってズカズカと入ってきた。クラスに残っていた人間は一斉に注目したが、彼女は大して気にしていない様子。しかしそこをお嬢の取り巻きの一人が邪魔をする。今日はお嬢はいない。余談だがこの学園はエアコン完備だ。
「ちょっと、都々木は私達とお昼をするのよ。邪魔しないで頂きたいわ」胸を張り、相手を見下す態度。まぁ、この学園の女子の大半はそんな人物だ。
「あんだ? そっちが邪魔してんじゃねぇか。先輩の顔ぐらい立てろよ」対する彼女は同じような態度ながら引き攣った笑顔で相手に詰め寄る。多分彼女なら、下級生じゃなくてもこんな態度をとるんだろうな。
「あら、上級生でいらしたの? 失礼しましたわ。都々木とお付き合いしてらっしゃるのかしら?」
「都々木、話にならんから行くぞ」踵を返して僕の肩をぽんと叩く。彼女は隣の女子がポカンとしているのを見ると笑顔になって「借りてくぜ」と言って僕を引っ張って行く。その時取り巻きを見ると、に負けたからか脹れっ面だ。これは前の時より酷いモノが返ってきそうだった。前の時とは、お嬢と僕の前で床に座っていたアレだ。口には出さなかったが、その事で全身を蹴り回された。
「なんだあの女? あんなクソ生意気な女に絡まれてんのか? あの女の下僕Aか?」彼女は笑いながら話す。
 彼女に連れられ食堂に来た。こうして誰かと食堂で食べるのは初めてだ。こんなにも心躍るものだったとは。
「都々木の事だ、あいつに虐められてんだろ? あたしのクラスにもいるよ、そういうやつ。まぁそいつはそれがくせになっちまってるみてぇだけどな」彼女はパスタBセット(カルボナーラ)を頼み、僕はいつものは止めてパスタAセット(モッツァレラとバジルのトマトソース)を選んだ。いつもと違う、というのは、良いモノだ。
「昼はこうしてようぜ。独りで食べてるよりいいだろ? そりゃ独りが好きってなら別だぜ?」勿論その提案には喜んで乗らせてもらう。独りが好きなわけが無い。好き嫌いではなく、独りでいるのが普通になっているから独りでいる事に違和感が無いのだ。
「でも、何故?」
「またか。何がだ?」
「……貴女には友人も多いでしょう? 付き会っている方がいても不思議じゃない。なのに『青かった』だけで、お昼も一緒に? 何故?」
「お前ギャルゲーやエロゲーの主人公に疑問を抱くんだろ? 何でこいつは今まで何にも無かったのに高校に上がった途端モテ始め、しかもその相手は容姿どころか性格もいい、そいつこそ彼氏がいないのが不思議なキャラが存在する訳無いじゃないかと……そんな疑問を抱くんだろ? 逆になんでこいつはイケメンで体力もあって何かしらの実績もあるのにまだ十代前半で、無鉄砲で、情に流され易くて、そんな奴が主人公じゃないわけないじゃないか、何だその無秩序チートキャラは? と。だけどお前は『そういうこともあるかもしれない』って託けるンだろ? 万が一そんな人物がいるかもしれない。万が一の人物だから、物語の主人公に抜擢されたんだ。周りの出てきたら死ぬだけの兵士Aなんかが主人公になるわけないじゃないか。撃たれても死なないから、弾を避けれるから、弾を弾で弾けるから主人公になったんだ……万が一、億万が一、ドコゾノワケノワカラナイオジョウサマガコンナヘンピナガキヲキマグレデキニイルコトモアルカモシレナイ……そう思ってるんだろ?」段々周囲の視線を集めている。
「……理由があるとでも?」
「知るかっ! そうやってその瞬間刹那の感情に流されやがって。反発しろ! 今みたいにあたしの言動に疑問を言ってみろ!」より注目を集めている。だけど彼・彼女らは、別々の人生を歩んでいる。僕の人生に介入などしない。
「ほらそうやって! 総てに"自分に通用する理由"を探す! 良かったな! あたしに『何故』って言えて!!」
 ……何だ? どう言うことだ? 何を言ってるんだ? 当初に訊いた内容と答えが違うじゃないか。やめろ。もう喋るな。
 覚えていない。初めて食べたモッツァレラとバジルのトマトソースの味でさえ。目を開けたらベッドの上だった。
 酷い吐き気とともに起き上がり、以前に開けていたペリエを飲み干した。一気に飲んだのと、独特の炭酸具合で思わず噴き出して、少し笑ってしまった。何をやっているんだろうと。そして小学校のお昼ご飯の時、向かいの女子があまりに不細工で牛乳を吹き出してしまった事を思い出した。確かその時も僕は笑ってしまって、周りの女子にも先生にも咎められなかったのには、子供ながらに納得してしまった。
 待て。思い返せ。僕はバイト中だったんじゃないか? そんな疑問よりも床のソレだ。しかし雑巾を床に置くと、ちゃんと拭かずにベッドに戻る。もう何をする気も起きなかった。もうこのまま、ベッドから出たくなかった。
「原因を考えるなんて、愚かなのかしら」
「っ?!」ベッドの横に、お嬢が立っていた。蔑むような目で俺を見ている。
「貴方は今、にいる。帰ってこられる? どう? 帰る場所って、本当にソッチ?」お嬢は玄関に向かって歩いて行く。ただ歩いているだけに見えるのに、目で追えないほど速いような、そんなスピードで。
 待って……待って……行かないで……行かないで……。
「待って!!」僕はお嬢を追いかけて玄関へ。もうそこにはお嬢はおらず、扉も鍵も閉まっていた。追いかけなければ。荒っぽく鍵を開けるが扉が開かない。扉を壊す勢いで無理矢理開けると、扉は前に開かず横に開いた。そしてその先は見たことも無い廊下だった。
 白い廊下。規則的に続く蛍光灯がより白く照らしている。唯一目に入るのが、リノリウムの継ぎ目。だから僕はそれを追うしかなかった。その先に、幾つ数えた先に、お嬢はいる筈だ。会ってどうするとかじゃなくて、会う為に、継ぎ目を幾つも数えるんだ。
「都々木さん! 走らないで!」
「えっ?!」思わず振り返り、足を滑らせて僕は意識を何処かへ飛ばす。


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