・僕ノ夢日記・
質 - 僕の想出日記 -
男は夢遊病の癖があるのか、知らない間に身体に傷や痣が出来ている事がある。今日も起きてみると右目上から血が出ており、右目が開かない時には何事かと混乱しナースコールを何度も押した。そしたら男はナースに「やっぱり酷くなってるじゃないですか」と言われ、ナースを殴った。だから男は今、男性看護師数名に殴られ、新たな痣が出来ていた。
気が付けばベッドの上だった。変なにおいを感じると同時に酷く喉が渇き、以前に開けていたペリエを飲み干した。今度は吹き出さなかった。
今度? 夢の事と現実を一緒にしてしまった。まだ覚めきっていないようだ。しかしバイトの途中だったはず、という疑問は残っている。だがそれらも含めて夢だったんじゃないかとも思えてくる。なんだか、危険だ。危険だ。危ない。
でも布団に包まる。まだ夜中の三時だ。もう少し寝ていたい。
「んんん……」
「……?」
誰かが僕のベッドで寝ている。布団を捲るとそれは嶋原女史だった。どういうわけか嶋原女史が寝ている。僕のベッドで。何故? 考えるのも億劫だ。此処は僕のベッドなんだ。だから誰が寝ていようが、僕も此処で寝る。ベッドへ入ると、まず感じたのが酒臭い事だ。嶋原女史は酒を飲んで酔い潰れてしまったのだろうか。僕はどうなんだ? 飲んだのか? そんな事はどうでもいいか。寝よう。僕の部屋、僕のベッドなんだ。
嶋原に対して背を向けて左向きに寝ていたが、いつもは仰向けか右向きなので寝苦しい。冗談で、というのもおかしな言い方だがそんなつもりで右向きになり、彼女と向かい合う。嶋原は本当にそのまま寝てしまったのだろう、化粧もしたままだ。僕の講師をする時に伊達眼鏡をかけていることからコンタクトはしていないとも思うが……普段から彼女はこういう事があるのだろうか? そうでなければ……いや、そもそも此処に彼女が寝ている事が、普段と違うのだ。俺にどうしろと? あぁ、混乱しているな。
僕は彼女の胸に手を伸ばす。フリルが入った、ブラウスに似せたフェイクシャツからでも豊満なそれは見て分かる。通常よりも大きいくらいだろうか。シャツは許容範囲内だと見た目で表している。下着を着けてはいるがタックを外しているようで簡単にずれる。僕はシャツの裾から手を入れて下着を取り出す。そしてシャツの上からの感触を楽しんだ後、次々に服を脱がしていく。自分に対して疑問は無く、全て脱がせる。脱がせる時の感動も無く、業務的に、テキパキと、相手を起こすこと無く。
しかし、ソレが終わると自分が大量の汗を掻いている事に気付く。なんだかソレが嫌で必死になってそれを自分の手で拭った。そして裸の嶋原女史をそのままに、布団から出た。また酷く喉の渇きを感じて、冷蔵庫に向う。しかしそこには何もなかった。飲料品が無かったのではなく、入っていたはずの食材も何もなかった。明日はカレーを作ろうと、冷凍室に入れていた肉を冷蔵室に移した筈だ。冷凍室にも何も無かった。ただ空の冷蔵庫が冷やすものも無いのに冷気を出しているだけだった。
シンクの蛇口を捻る。しかし何も出ない。水滴さえ、シンクも濡れていない。諦め蛇口を戻し、その場にへたり込んだ。自分で何をやっているのか理解出来ない。咳を一度すると、財布を持って部屋を出て行った。ちゃんと鍵を閉める。
何だ? 何をやっているんだ? 何だ? 本当に何をやっているんだ?
足が覚束ないが、コンビニではなく少し遠くの、二四時間やっているスーパーに向かう。あまりコンビニで買い物するのが好きじゃないのだ。少し歩けば安く買える場所があるのならそこでいいだろ。わざわざ定価で買う必要は無い。しかし喉の渇きからフラッとコンビニに立ち寄り、栄養ドリンクの棚を見る。目的のスーパーにはレッドブルが置いていないのでそれだったら此処で買う理由もあるだろうと探すのだが、無かった。だからすぐにコンビニを後にする。コンビニには誰もいなかったが、奥からタバコのにおいがした。多分店員は自主休憩中だ。
フラフラと目的の方向へ歩く。足取りがこうなのは寝起きの所為だと思ったが、何かおかしい。何だ? そう言えば、起きた瞬間変なにおいしなかったか? あれは何だ? 嗅いだ事の無いにおいだった。良い匂いなのか悪い臭いなのかも分からない。もしかしてガス漏れ? だったら、嶋原が危ない! こうやって呑気に買い物している場合じゃない。僕は派手に足を躓かせ、右目上を強打しながらも部屋に戻り、キッチンに向かったが、ちゃんと元栓から閉まっておりガス漏れの心配は無かった。取り越し苦労かと思いふとシンクを見ると、濡れている。試しに蛇口を捻るとちゃんと水が出た。冷蔵庫を見ると、冷蔵室にも冷凍室にもちゃんと食材が入っている。カレー用の肉もちゃんとあった。そしてベッドを見ると、嶋原女史はいなかった。勿論脱がせた衣服は無い。だけど嗅いだ事の無いにおいだけは未だ漂っていた。
リンゴーン リンゴーン
喧()し()い()眠りから目を覚ます。それと同時に腹に溜まった空気を口から出そうと姿勢を変えたり身体を捻ったりする。
次の授業は確か……何だっけ? みんな何か持って移動しているみたいだけど……。
「ねぇ、次の授業ってぇ……ぇ?」
「え? 授業?」
……あれ? 隣の女子ってこんな顔だったっけ?
「次は××よ」
「え?」
「××」そう呟いて教科書を指す。しかしその教科書も、ふざけた様に黒いモザイクがかかっていた。僕が目を動かすと、その動きに付いていけないようにぶれるモザイクが。ちらちらと端っこから文字が見える。本当にふざけている。
「……わかった。ありがとう」
「?」彼女は不思議そうな顔をしたが、疑問はそこまでで友人を見付けると一緒に廊下へ出て行った。
頭痛がする。じわーっと頭全体に痛みが現れる。五分経って教室に残ったのが僕だけになった時、立つのが辛いほど痛みが酷くなる。身体を揺らすだけで、ズキンッ、ズキンッとする。
何なんだ? 何に対して疑問を持てばいい? 隣の女子はどうした? 次の授業は何だ? 教科書が何故見えない? 僕はいったい何をしてるんだ?
今日、どうやってこの学園へ来た? あのにおいは何だ? 嶋原は幻覚だったのか? そんなはずは無い、この手で触った。あの冷蔵庫は? あの蛇口は? レッドブルが置いていないのは……そういうこともあるだろう。
……彼女は何処だ?
図書館で出会って、カラオケ行って……あの彼女は何処だ? 上級生だ、授業をサボっていなければ新校舎にいる筈だ。もしそうじゃなければ、図書館か?
いや、もっと確実なのはお嬢か? お嬢は"準備室"にいるのか? それとも個人講師と一緒にいるのか? それとも僕とは別のお気に入りが出来たか?
いやいやもっともっと確実なのは嶋原だ。職員室にいる筈だ。部活だけとはいえ教師だ。本人がいなくとも、その存在くらいは…………。
リィィンゴォォーーーーン ギィィィンゴォォォーーーーン
休み時間が終わり、鐘の音が鳴る。僕は図書館へ向かう。こんな時にバカバカしい話だが授業をサボった後ろめたさから職員室へ行けなかった。
彼女はいない。だけど、授業中だと言うのにあの時見た、眼鏡をかけてボブカットの黒髪女子は一人テーブルに向かいカリカリと勉強か何かをしていた。気付いていないのか? それとも……それとも何だ?
あの時は確か、あの彼女はすでに図書館にいた。しかもそれは偶然居合わせたのではなく、僕がそっちへ行くのを知っていたか、先回りして。でも今は、ボブの女子だけ。
こんな時に読む本なんて無い。こんな時の言葉の羅列ほど鬱陶しいモノは無い。
お嬢の"準備室"に向かう。だが鍵がかかっていた。お嬢はいない。
この不安が、ただの僕の妄想なら笑って済むが、だったらさっきのは何なんだ? おかしい……校舎を歩き回って気付いたが、モザイクがあるのは教科書だけではない。掲示板に張られた連絡事項も、何かを呼び掛けるポスターも、中庭を挟んで向かいの校舎から見える教室内の生徒や教師の顔も、全てにモザイクがあった。僕に何を見せまいとしているんだ?
……店長は? ユペールの店長は? 電話してみよう。ケイタイは持っている。番号もちゃんと覚えている。
……圏外? 仕方ないので移動するが、しかし学園内何処へ行っても圏外だ。ICカードが差さっていないのかとも思ったが、そうではなかった。だから学園から外へ出たが、圏外のままだった。
……そうだ、これはお嬢からもらったものだ。お嬢が何かの意図で止めたのかもしれないと、仕方なく電源を切りポケットに戻す。
職員室へ行こうとも思ったが、その瞬間遠くに見た教室の光景を思い出してしまい、足を止める。そこへ言っても彼・彼女らにはモザイクがかかっているのだろう。そしてまた『××』やら『○○』やら訳の分からない言語で言われるんだろう。僕は歩いてユ××ルに向かうことにした。
校舎の門を出た時から、平衡感覚が崩れているのに気付く。真っすぐ歩けない。いや、道が真っすぐじゃない。う()ね()っ()て()い()る()。僕を歩かせまいとする。僕を×ペ×ルに行かせまいとしている。会いたい。ル×・××―ルに会いたい。
だが××××には行けなかった。歩いていると、いつの間にやら学園に戻ってきていた。道がう()ね()っ()て()い()た()所為か、迷ってしまったようだった。だから今度は自分の部屋に帰ることにした。するとそう思った瞬間僕は自分の部屋に立っていた。しかし、現実感が全く無い。目の前には大切な大切な靴がある。だけどそれを触ってしまえば崩れてしまう砂の城の様な、そんな儚さがあった。そう思えば思うほど、周りの物が全て偽物に見えてきた。××に踏まれたこのブーツも、同じ日の夜××が寝ていたこのベッドも、××が好きだと言ったウィスキーでさえ、偽物に見えていく。いや、実際偽物なのだ。こんなもの本物の訳が無い。本当の訳が無い。全部全部偽物だ。あれもこれも偽りだ。幻覚だ幻聴だ。つまり夢なんだろ? じゃあ覚めてくれこんな夢。辛いんだ。起きろ、起きろ。
目を覚ませばいつもの部屋なんだろ? 学校へ行けば隣の席にいつもの可愛くは無い程度の女子がいて、昼休みに"ランチ"に付き会わせる数名の女子がいて、彼女らを取り仕切り僕に何かと目をかける女子がいて、部活では魅力的な講師がいて、図書館に行けばお喋り好きな女子がいて、バイトへ行けば魅惑的な女性がいて……そうだろ? そうなんだろ?
だから部屋から出る。そうしたら夢から覚める気がした。だけどそこは、あの時の白い廊下だ。蛍光灯が規則的に並び、継ぎ目が目立つリノリウムの床。それに追加して規則的に壁に並ぶ引き戸。たまにある曲がり角。良いのか悪いのか分からない独特のにおい。振り返って僕の部屋を見ると、そこに僕の部屋は無く、あるのは白いベッドが一つと大量に散乱した雑誌などの紙媒体。それらを見て僕は、やっぱり夢なんだ、と思うようにした。
歩き出す。何処に行けばいいのか分からず、目線を下げて歩き出す。リノリウムの継ぎ目を辿る。考える事も出来ずその継ぎ目を数えていた。そうしなくてはならない強迫観念も相俟って、幾つもそれを数えていく。それが三ケタになるころ、僕は曲がり角を左に曲がり、一〇数えたところで何かに肩をぶつけた。何かはよくわからないが、黒い影の様な輪郭が浮かび上がっている。それを見て僕は怖くなって距離をとり、望みもしない方向へ継ぎ目を辿って走っていく。また何度か同じようなものにぶつかっては明後日の方向へ走り、ぶつかっては走り、ぶつかっては走り……しかし今は元の、大切な靴が並び、××に褒められた綺麗なシンクがあって、その××が寝ていたベッドがあって、××が気に行ったウィスキーがあって……僕の好きなものに囲まれた、元の部屋で倒れていた。
……全て、全て夢? 僕は夢の中で夢をグルグルと走り回っている。夢の中で妄想している。言葉も行動もままならない、不安定な自己世界を彷徨い続けている。誰も介入していないし誰も見てもいないのに、ただ自分だけ暴走し、神経をすり減らし、声をあげて泣いている。悲しいのか、恐いのか、寂しいのか辛いのか……いやその全てが入り混じってぐちゃぐちゃになっていた。
何処が現実なんだ? いやもうそんな事を問う意味は無い。此処が、この僕の大切なものに囲まれたこの部屋が、僕にとって幸せでいられる場所だ。そうだろう?
もしここに宇宙人がやってきて、ナイルは昔東から西に流れていたんだとブランドンに言われても僕は、それは、気の所為なんだ。機械鰻が寂しい夜に咽び泣いても、それは、きっと、気まぐれにメンテナンス用で買った子供用歯ブラシの所為なんだ。
寒い。寒い。暑い。寒い。きっとそれも昨日食べたドライパイナップルの所為なんだ。缶詰だからいいだろうとシロップで煮なかったのがいけなかったんだ。
………………。
……そういえばこの部屋……暖房器具あったかな……? 暖房器具を使った覚えが無いな……まぁいい。まだ残暑ある夏の終盤。買いに行けばいいじゃないか。もしかしたらエアコンを使っていたのかもしれない。実家では灯油ストーブを使っていたから、エアコンで部屋を暖めると言うのが、暖房器具を使っていない気にさせていたのかもしれない。
あぁ、膀胱が過活動だ。つい数分前にトイレに行ったはずなのにまた行きたい。
あぁ、擦り寄ってくるな。今は何も愛でる気はないんだ。僕はデジカメで撮らなくてもお前が小さな人間の様な形をしている事を知っているんだ。
あぁ、聞こえる訳ないだろ。お前は防音ガラスの向こう側にいるんだ。
パウダー状のミルクの予備が右にあって、珈琲や紅茶、ココアが左にあるんだ。ミルクの前にはサードのコントローラーが2種類、丁度いい長方形のスポンジの上に置いてあって……あぁ、珈琲や紅茶の向こうにはポットも置いてある。なんて快適な場所なんだ。コントローラーの中央にあるボタンを押せば動き出し、好きなコンテンツを選べばゲーム以外の事も出来て凄く快適なんだ。
なんだ? 僕の部屋にはそんなものは無い。サードはあるが、そんなものは知らない。何を言っているんだ?
紐がほどけていく。パラレルのも、シングルのも、アンダーは嫌いなのでオーバーラップの物も、それらは僕の首を絞め、頸動脈を切らんとする。だけど歩き出すとそれらは無かったことになる。
四方の壁が、僕を睨みつける。ふっくらとしたその肌が、図らずも僕をショックから守り、しかし何処にも行けないでいる。大好きなチキンプレートと炭酸飲料を繰り返し食べ、飲み続け、でも全く何も胃は膨らまずそこいらに食べ散らかした骨が、僕の神経を逆なでするんだ。早く片付けないと。吐きそうなんだ。
頭が痛い、頭が痛い。僕は何もしていないだろう、僕は何もしていないだろう。だけどお前はこう言うんだ、「何もしていないからだ」って。そんな事、義務教育で習っていないじゃないか。「何かしていないとお前に災いが降りかかる」なんて。害を被らないためには何もしないでいるのが一番じゃないのか?
もう嫌だ。何で夢でまで苦しい辛い被害妄想に耽らなければいけないんだ? 早く、早く、もう……嫌なんだ。こうやってずっと自分の、湧いてブチ切れて焼き切れたお脳の中で、ぐちゃぐちゃな映像がカラカラと映写されて、吐瀉物の様な言葉がカサカサと奏でられ、歯ブラシの様なソレがジャリジャリと精神をこそぎ落とすんだ。もう殺してくれ。いらない。もう僕に幸せは無いんだ。何になる? 僕を殺さないで何になるんだ? 殺すのが嫌なら何か刃物をくれ。ダメなら窓のある場所へ連れて行ってくれ。人が死ぬことは簡単に出来るんだ。ただ行為に至るまでが……そう、過程が億劫なんだ。
あぁ、貴様らはそうやって僕に猿轡をする。死ぬ方法が一つ減った。そうやって手足を拘束する。死ぬ方法が格段に減った。そうやって壁がクッションになっている部屋に閉じ込める。死ぬ方法がほぼゼロになった。
どうなってるんだ。此処は何処なんだ。僕を元の部屋に返してくれ。今日はアルバイトなんだ。××が困るじゃないか。××××の皆が困るじゃないか。僕は無断欠勤なんてしたことも無ければ、そもそも未だ皆勤なんだ。学校でも欠席した事無いのに、その記録を潰す気か。離せ。僕を此処から出せ……。
ビィィィィィーーーーーーーーーーィィィィィイン
蟲の様なものが飛んでいる。蜂か? カナブンか? そんな音だ。
「都々木、耳の後ろの傷痕どうしたの?」
「あぁ、これ、小学校の時、×とスイミングスクールでケンカしたときに引っ掻かれて」
「へぇ、お×さんいたのね」
「え?」
「……薄い。貴方私の好み忘れた?」
見えない。目も防がれたか?
「私に訊きたい事は無いの?」
「……特にはございません」
「貴方、現状をどう思ってらっしゃるの?」
「どう、とは?」
「……」
「……僕は結構、こう見えても楽しんでいます。紅茶は好きです。なだらかに過ぎていく時間も、みんなで演奏する事も、こうしてご一緒させていただくのも、僕の大切な、大切なモノです。だから、凄く楽しいのです」
「疑問を持った事は?」
「はい?」
「……」
耳鳴りが酷い。爆発音の所為だ。
「ねぇ、都々木君はさぁ、普段何してるの?」
「何って?」
「確かバイトしてるのよね?」
「うん」
「それ以外」
「うーん……何だろ? でもまぁ帰ったらすぐ自分のことしないといけないからね。洗濯物干したり入れたり洗ったり、炊事も掃除も。それで大体時間過ぎるけど余ったらパソコンで何かやったりゲームしたり、あ、後気になったら靴磨いたり」
「趣味を考慮したら、意外と普通ね」
痛い。棒以外に脚でもやってくるんだもんな。
「まさかホントにディナーも誘ってくれるなんて思わなかったわ」
「僕も行きたかったですから。××さんと」
「ふふ。お酒飲んでもいいかしら? 都々木君に悪いけど」
「お構いなく。何飲まれますか?」
「うーん。こう言う時にビールもちょっとねぇ。でもワインも詳しくないのよ」
「じゃあ僕が頼みますよ。すいません……彼女に優しい味のワインを」
何日目だろう……シャワー、浴びたい……。
「あーいい。いいね。やっぱこの目の疲れは肩から来てたんだな」
「本当凝ってますね。本の読み過ぎからですか?」
「あるのかなー。視力は意外に落ちないんだけどね。でもあんた眼鏡好きなんじゃねぇの?」
「……まぁ。勿論伊達眼鏡はその範疇じゃないですよ」
「へっへ。あー。そのまま別のとこも揉んでくれたっていいんだぜ? ハッハ、オヤジくせーな。ハッハ」
味がしない。ただ日々過ごすのに最低限の食物。頬は痩せこけている。
「都々木君、休憩行って来て」
「はい。ではお先に」
「今日は二人だけど、丁度いいお客さんの入り様ね」
「あれ? 今日は、旦那さん仕事ですか?」
「え? 何で?」
「お×さんそこに座ってるから……」
「……都々木君、ふざけるのも好い加減にして」
「……え……?」
「あの子が、いるわけないじゃない」
「え、だって、そこに……」
おかしい。当り前だ。いるわけ無いんだ。あの子は僕が、あの子が持ってた縄跳びで……。
「ああああああああ、あ、あ、あああ、あああああああ」
「まずいっ! 声出しやがった!」
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